EN

ごめんね

2024–2025

謝ることが苦手なのは、他者との距離のせいなのか、それとも自分自身の中に分裂があるからなのか?

僕は謝ることが苦手だ。 関係が近くなればなるほど、素直になれない自分がいる。 赤の他人だった妻には、かつて素直に謝ることができた。 同じ時間を過ごし、同じ空間に身を置くことで、 我々の距離は確かに近づいていった。 赤の他人だった妻が、家族という存在に変わっていく中で、 その距離は縮まり続けているはずなのに、 同時に、別の方向へ広がっているように感じられた。 それでも、特別な意図を持つことなく、 僕はただ妻の写真を撮り続けていた。 しかし、撮り続け、見返すうちに気づいたのは、 そこに写っていたのは妻との距離ではなく、 謝りたいと願う自分と、それでも謝ることのできない自分、 そのあいだに生まれた距離だった。 距離は他者とのあいだに生まれるものではなく、 ひとつの身体の内部に生じていた。 赤の他人から家族へと変わる過程で、 他者との距離ではなく、 自己が一致していないという事実を、初めて明確に知覚した。 「ごめんね」という言葉は、 関係を修復するための言葉である以前に、 その距離の存在を認識したとき、初めて現れる言葉なのかもしれない。 この写真は、妻との関係を記録したものではない。 関係の中で初めて露呈した、 理想の自己と現実の自己のあいだにある距離を、 視覚として認識した瞬間の記録である。

あああ
あああ

展示・出版歴

  • Exhibition — EIDRIFTERS